百田尚樹さんの『日本国紀』という本が出た、らしい。

 あいまいな書き方をするのは実際にその本を手に取って読んでいないからです。ちなみに買うつもりもなければ読む予定もないので、ぼくにこの本について語る資格はありません。

 今回、話したいのはべつのこと。つまり、この本について読まずに批判したり、あるいはその逆に賞賛したりする人のことです。ぼくはこういうこと人たちが不思議でならりません。読まずに本の内容がわかるはずがないではありませんか。

 もちろん、あらかじめ本の外の情報からある程度、本の内容を「推測」することはできるでしょう。ですが、少なくともその中身について語るなら、ぱらぱらとでも本を読んでおくことは最低限の常識でしょう。

 それにもかかわらず、本を読まずに内容を批判したり、その逆に賞賛したりできるその心理はどこから来ているのでしょうか。

 いや、べつだん、ぼくは本を批評する際のマナーについて話したいわけでもないのです。そうではなく、なぜ、読んでもいない本の内容についてこうも強く確信が持てるのか、ということが疑問なのです。

 その意味で、読まずに批判する人と読まずに擁護する人は鏡を挟んで向かい合っているようによく似ています。両方とも、本を読むことによって自分の意見がアップデートされる可能性を無視して、ただ固定観念に凝り固まっているように思われてなりません。

 もっとも、ぼくもガチガチの右翼思想は好きではありませんから、心情的には百田さんの本を貶したい気持ちはわかります。また、読んだ上で批判している人の意見には一定の信頼を寄せています。

 しかし、その上でいうなら、やはり自分の目で読んでみなくては真偽はわからないというのがほんとうのところです。あるいは、読んでみたなら非常に良い本だったということもあるかもしれません。

 大切なのは、あくまで自分の頭で判断することでしょう。ところが、これがなかなかむずかしいのですね。自分の外に「正しさ」の基準を起き、それを盲目的に信じ込んでしまうほうがよほど楽かもしれません。

 「信じるものは救われる」。それはほんとうかもしれない。ですが、救われれば良いというものではないでしょう。

 インチキ宗教やニセ科学にハマっている人も主観的には幸福かもしれませんが、だからといってその状態に問題がないとはいえません。

 人は信じたいものだけを信じ、見たくない事実はいくらでも「否認」できるものです。どんなに客観的に振る舞おうとしても、気づけば先入観に踊らされているのが普通でしょう。

 しかし、まさにそうであるからこそ、「正しさ」の基準を自分の内側に置くことが大切だと思うのです。

 問題は、思想的に左翼(批判者にいわせれば「パヨク」)であるか、右翼(批判者にいわせれば「ネトウヨ」)であるかではないのです。

 どんな思想を正しいと信じるかはその人の自由です。ほんとうの問題は、その思想を盲信した結果、合理的な思考ができなくなることに違いありません。

 もちろん、何が合理的であるかはそう簡単にわかることではないとはいえます。とはいえ、読んでもいない本の内容について確信を抱いてしまうことは、それが批判的なものであれ擁護的なものであれ、合理性から最も遠い態度であることは間違いありません。

 そういった偏見、先入観、固定観念は自由で明晰な思考をはばみます。知らないことを知らないと正確に把握することが大切なのではないでしょうか。

 こういうことを書くと、ぼくが「どっちもどっちだ」といっているように受け取る人がいるかもしれませんね。そういうことではありません。

 読まずに批判する人と読まずに擁護する人は、読んでいない本の内容についてその時点で確信してしまっているという一点において同じだ、といっているのです。

 「そんなことあたりまえだ」とか「これが正しいに決まっている」という考え方は、頭の固い人間を作り出します。そして、そういう思い込みに縛られれば縛られるほど、人に逆に真実に近づいたと感じるものなのでしょう。

 大切なのは、しばしば予想を裏切る現実に対して常に心の扉をひらいていることです。

 オープンハート。自分の心のなかで確固と真実を決めてしまうのではなく、いつもあいまいに揺らしていること。固まらないこと。閉じないこと。そういうことが必要だと思います。

 子供の頃、あれほど自由だった人の発想は、大人になるにつれ、「常識」や「知識」によって硬化してゆきます。それはある意味では楽なことではあるでしょう。

 ですが、そのために精神の自由を失ってしまっては意味がありません。くり返しますが、大切なのは右だ左だということではないのです。どのような政治的意見を持っているにしろ、それをドグマにしないことが重要だと思います。

 何度となく「自分」を破壊し、そのたび作り直すことができる。そういう心の柔軟さこそが、特にインターネットのように言論の暴風が吹き荒れるところでは重要なはず。

 ぼくは、そう考えます。「固い信念」ほどあてにならないものはないのですから。

わたしはふしぎでたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかっていることが。

わたしはふしぎでたまらない、
青いくわの葉たべている、
かいこが白くなることが。

わたしはふしぎでたまらない、
たれもいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

わたしはふしぎでたまらない、
たれにきいてもわらってて、
あたりまえだ、ということが。

 ――かねこみすゞ「わたしはふしぎでたまらない」

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