マンガ

フェミニストが性差別に加担するとき。

Twitterにおける青識亜論さん(@dokuninjin_blue)と少年ブレンダさん(@hibari_to_sora)のやり取りをずっと追いかけているのだが、少年ブレンダさんの主張が、フェミニストから見ると「シンデレラ・ストーリー」を内面化している女性は「キモい」というとんでもない話になっている。

どうしてこんなことになってしまうのだろう。

そもそもフェミニズムとは本来、女性の生き方の多様性を守ろうとする発想のはずじゃないか。

そのフェミニズムを掲げるフェミニストが、とうの女性に向かって「その生き方はキモい」とかいってどうするのだろう。

これでは、抑圧者のポジションが家父長からフェミニストに入れ替わっただけではないだろうか。

うーん、ぼくは基本的にはフェミニズムの掲げる男女平等とかジェンダー・フリーという思想を支持するものだけれど、これはどうにも看過できない。

おそらく、少年ブレンダさんは「シンデレラ・ストーリー」的な生き方は性差別的で「間違えた」もので、経済的に自立して生きていくことが「正しい」のだと考えているのかもしれない。

しかし、人の生き方はどれが正しく、どれが間違えていると単純に規定できるものではない。

人それぞれにそれなりの生き方があるのであり、それは他者が抑圧して良いものではないのだ。

ここで、ぼくが思いだすのがTONOの『カルバニア物語』である。

この物語の主人公はエキュー・タンタロットという女性で、公爵家の跡継ぎの立場にある。

彼女は自由で、有能で、美貌で、自立していて、仕事をもち、勝気な性格の、ある意味でフェミニズムの理想そのもののような女性だ。

しかし、『カルバニア物語』という作品が素晴らしいのは、このエキューの生き方を唯一の「正しい」答えとはみなさないところにあるのである。

『カルバニア物語』のもうひとりの主役である女王タニアは彼女とはまったく違う個性のもち主だし、ほかにもそれぞれ異なる個性のもち主たちがたくさん登場する。

そして、それらほとんどはポジティヴに描写されている。

この生き方が良いもので、あの生き方は悪いものだ、などという単純な作品になっていないのだ。

もちろん、かれらはしばしば「ジェンダー・バイアス」によって苦しめられることもあるのだが、ここでは必ずしも「ジェンダー」が純然たる悪であるという描写にはなっていない。

ある人が好きな生き方をしようとしたとき、ジェンダーが生涯になるとしたらそれは悪だが、そうでないのならジェンダーに添ったライフスタイルを取ることもひとつの生き方である、という描きになっている。

これは実に素晴らしいことだと思う。およそ日本の作品で、ここまで自由で適切なジェンダー意識をもった作品をほかに知らない。

ただマンガだけではない。フェミニズム文学と呼ばれる作品でもそうだ。

ここには極端な男性嫌悪もないし、ジェンダーがあふれる社会への怨念のようなものもない。

エキューに古びたジェンダーを押しつけてくるオヤジたちは悪役だが、しかし、かれらはかれらなりの人生を送っていることがはっきりと描かれている。

で、この作品に、エキューを褒めたたえるひとりの女性が出て来る。

夫の浮気に苦しめられた彼女の目から見て、エキューの独立した人生は理想的なものに見えているのだ。

ここまでなら、よくある描写だろう。面白いのはここから。

実は彼女の娘はエキューに向かってこういうのである。

「本当は私は……ずっと家にいて愛する人のためにお料理したりお裁縫したりしているかわいい〝お嫁さん〟になりたいんです でもお母さまにその話をすると〝時代に逆行している〟とか〝古くさい漬物みたいな考え方〟とか言われちゃって…」

もちろん、カルバニアが存在する世界にフェミニズムという考え方はないが、ここで描写されているものはまさに「フェミニズムによる抑圧」にほかならない。

「ずっと家にいて愛する人のためにお料理したりお裁縫したりしているかわいい〝お嫁さん〟」という生き方は、まさにシンデレラそのものだといっていいだろう。

そして、そういう生き方を否定する彼女の母親の態度は、少年ブレンダさんのそれをどうしようもなく重なる。

ここでは、「フェミニズムによる抑圧」というテーマがユーモアにくるみ込んで優しく語られているわけだ。

もちろん、ほんとうにまっとうなフェミニストならこんな抑圧的な態度は取らないだろう、とぼくも信じたいところだ。

だが、最近、Twitterで活動するいわゆる「ツイフェミ」の人たちを見ていると、どうも確信がなくなってきてしまっている。

フェミニズムとは、ほんとうに女性の、女性による、女性のための思想だといえるのだろうか。

それとも、あるいは、「女性のため」という名目で女性の権利を侵害する思想に過ぎないのだろうか。

ぼくには正解はわからないが、ひとついえるのは、ぼくたちは注意しないと自分が最も憎む敵に似ていくということである。

せいぜい気をつけることにしよう、というところでこの記事を、終わる。

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