アドラー心理学の教典・岸見一郎『アドラーをじっくり読む』感想。

 岸見一郎『アドラーをじっくり読む』を読んでいます。

 岸見さんはいわずと知れたアドラー心理学の第一人者で、日本を初めとする各国でベストセラーになっている『嫌われる勇気』の著者(の片割れ)でもあります。

 この本はアドラーの原著にさかのぼってその真意を探るという内容だけに、きわめて平易ですらすら読めた『嫌われる勇気』あたりと比べると、難解というほどではないにしてもいささか読むのに力がいる印象です。

 しかし、まさにそうであるからこそ、『嫌われる勇気』を補完する一冊として大きな価値があるといえるでしょう。

 ぼくがこの本を読んであらためて思ったのは、人は「自分がほんとうは何がしたいのか」について知る必要があるということです。

 アドラーによれば、人はみな、どこかしら神経症的なところを持っているものであり、一見すると矛盾するような行動を取ることがあります。

 たとえば、やりたいことをやらず、やりたくもないことを「つい」やってしまうなどということは、だれでも経験があることでしょう。

 しかし、それはほんとうは決して矛盾してはおらず、唯一の統一された意思の結果なのだ、とアドラーは考えるのです。

 つまり「外から見たときの矛盾」には何らかの欺瞞が隠されているといっていいかと思います。

 そこでぼくは考えるのですね。ぼくにとっての「ほんとうにやりたいこと」とは何で、欺瞞とは何だろう、と。

 それは、たとえば「安全に暮らしたい」ということかもしれないとも思います。

 ぼくは変化したい、成長したい、退屈したくない、と常々、口ではいっていますが、じっさいには「安全であること」しか望んでいないのかもしれません。

 その意味できびしい現実から逃避しているのかも。

 ただ、ぼくはいま、まずまず「安全」といっていい環境にいて、ひきこもりライフを送っているにもかかわらず、やはり「生きづらさ」は感じる。

 だから、「安全」がぼくの至上目的ではないといえるかもしれません。

 それなら、お金を得ることでしょうか、あるいは有名になることなのでしょうか。

 まあ、お金は欲しいですが、それはやはり「手段」であって「最終至上の目的」ではないように思います。名声に至っては、特に欲しいとは思いません。

 となると、例の「承認」を欲しているのでしょうか。

 これはありそうなことです。ぼくは自分は賢いとか、偉いとか、人と違っているとか、そういうふうにだれかに認めてほしいのかもしれません。

 けれど、やっぱりこれも違うかなあという気がします。

 何かが違う――何が?

 うーん、微妙にはっきりしませんね。こういう時は「その人が怖れているもの」から探っていくことができます。

 ぼくが怖れているものとは何でしょう? どんな時、ぼくは傷つき苦しむのでしょうか?

 そう考えていくと、答えは「人間」であり、また、「ぼく自身の愚かさが他人に晒されること」であると思えます。

 ぼくはどうも「自分は愚かだとまわりの人に思われたくない」と考えているらしい。

 いや、このいい方は違うかな。「自分の本質的な愚かさが露見すること」に恐怖と不安を感じている、というほうが正しいかもしれない。

 虚栄心ですね。

 しかし、なぜそう思うのでしょうか?

 そもそも「賢い」とか「愚か」とかいってみても、程度の問題でしかありません。

 たぶん、生まれてからすべてのテストを満点しか取ったことがないという人はほとんどいないでしょうし、仮にそういう人がいたとしてもよりむずかしい問題は解けないのです。

 つまり、人は間違える生きものなのであって、「賢さ」は相対的な概念に過ぎない。

 しかし、それでもぼくはやはり「自分の愚かさが周囲に露見すること」に強い不安を感じる。なぜだろう?

 もっと話を進めていきましょう。

 ぼくが本心から怖れているのは「自分の愚かさが人に露見すること」そのものではなく、「愚かさが露見した結果として人に蔑まれること」であるようにも思えます。

 自分で書いていて、これは本質に近いんじゃないかなという気がする。

 それでは、なぜ、蔑まれることが怖いのか?

 自分で自分を肯定できていないからでしょうね。「自己肯定感の低さ」。それしか考えられない。

 それなら、なぜ自己肯定感が低いのか?

 うーん、ぼくは物心ついた頃にはこういう性格だった憶えがあります。

 だから、先天的とはいわないまでも、かなり人生の初期に身についた性格だと思います。

 そして、どうやら「ぼくがほんとうに望んでいること」の答えもわかったようです。

 「自己不信と自己否定を解決したい」。これじゃないかなー。

 じっさい、一時期に比べればぼくの自己不信はだいぶ軽減されたと思います。

 しかし、まだ完全ではない。だから、まだ「生きづらさ」が残っている。そういうことなのではないかと。

 で、どうやってこの問題を解決すればいいのか。

 たぶん、アドラーがいうところの「勇気」の問題になるのだろうけれど、さてさて――。

 この記事、続きます。

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