マンガ

森薫『乙嫁語り』第8巻感想。

 ども。色々気力が衰えてきている今日この頃ですが、さすがに三十代半ばにして廃人になるわけも行かないので頑張ります。

 さて、森薫『乙嫁語り』最新刊を読みました。

 いわゆるメジャータイトルでこそないかもしれないものの、漫画読みの間では広く知れわたっている名作ですね。

 森薫はデビュー作である前作『エマ』を全10巻で綺麗に完結させたことで知られています。

 『エマ』はヴィクトリアン・ロンドンを舞台に、おとなしいメイドの女性を主人公にした物語でしたが、『乙嫁語り』は一転して中央アジアが背景となっています。

 日本人にはまったく馴染みがない風土なのですが、森薫は細密な描写力でもってその世界を描き出してみせます。

 そう、なんといっても微に入り細を穿つ描写力こそがこの人の武器です。

 『エマ』の頃からそれはそうだったのですが、『乙嫁語り』に至っていっそう凄みを増しています。

 とにかく複雑な模様を細かく描く、描く。

 好きなのでしょう。好きなのだとしか考えられません。しかし、そうはいっても尋常ではない執念です。

 森さん、特に筆が速いほうではないと思うのですね。

 ところが、徹底的にディティールにこだわった作画を実行している。

 これはもう、メンタルが普通ではないのだとしかいえないと思います。

 それはそれで、ひとつのたぐいまれな才能でしょう。

 前巻は「番外編」ともいえる内容で、ふたりの女性の交流と友情を描いていましたが、今回、話は本筋に戻って来ます。

 「第五の乙嫁」パリヤさんの出番です。

 「第一の乙嫁」アミルの友人として、いままでも物語のそこかしこに登場していたパリヤ。

 不器用で思い込みが激しく、どちらかといえばネガティヴな性格で、いままでのどの乙嫁にも増して親しみやすい性格のキャラクターです。

 しかし、本人はそんな自分を持て余している様子で、結婚を前に悩みに悩みます。

 その悩む様子が読者からすると非常に可愛らしく、またそこまで気にすることもないのにと思わされるところなのですが、本人は非常に自己評価が低く、自分には結婚などできるはずもないと思い込んでしまいます。

 客観的に見るとなかなかうまくいきそうなカップルなのですが……。

 パリヤさんはそのある意味、少女漫画的な苦悩を抱えたまま、もう少し成長しなければならないようです。

 もちろん、彼女は内面の悩みを抱えているだけではなく、外面にも課題を持っています。

 そこでクローズアップされるのがその地方の生活習慣です。

 そこには嫁ぐ女性はその前に膨大な刺繍を作らなければならないという風習があるのです。

 編み物をことのほか苦手とするパリヤは苦闘しますが、少しずつその腕前は成長していきます。

 ここらへん、自由恋愛に慣れた現代日本人からすると奇妙とも思えるシステムであるわけですが、しかしこの時代のこの土地においてはこれがあたりまえなのです。

 だれに嫁ぐかは親がすべて決めてしまうというやり方は、いかにも前時代的ですが、じっさいに一定のメリットがあるのだということがわかります。

 ここには現代日本のあり方を相対化する視点があり、センス・オブ・ワンダーといいたいような峻烈なカタルシスがあります。

 中央アジアの平原地帯は、自然気候からしてぼくたちの日本とはまったく異なっており、その生活模様も当然異質なものがあるわけですが、それでいてひとの想いには変わらないところも多い。それが読む者の共感を呼びます。

 まったく素晴らしいとしかいいようがありません。現代漫画のひとつの財産というべきでしょう。

 それにしても、この話はどこで終わるのかなあ。『エマ』の場合はある程度は終点が見えていたわけですが、次々に主人公を変えて進む『乙嫁語り』はそうはいかないところがあります。

 この先、第六の乙嫁、第七の乙嫁などが登場して来るのでしょうか?

 そうかもしれませんが、まさか延々と新しいキャラクターを出しつづけるつもりでもないでしょうから、物語には何らかの終着点が用意されているはずです。

 このまま行くと『エマ』より長くなりそうですが、いったいどこの時点で物語が終わりへ向かうのか、その点も見どころのひとつだと思います。

 このまま進めばまたも綺麗に終わりそうなので、期待が持てます。

 やっぱり読者は終わるところが見たくて物語を追いかけているという一面がありますから。

 『乙嫁語り』はだいたい一巻でひとつのストーリーを完結させてしまうように構成されているのですが、パリヤさんの物語はこの巻では終わりません。

 どうやら次の第九巻まで続いていくようです。

 ある意味、ほかの乙嫁たちよりはるかに現代的な(乙女な)悩みを抱えた彼女に幸せな結婚は待っているのか?

 待っていなければ乙「嫁」とはいえないわけですが、それでも心配になってしまいます。

 何かと誤解を受けそうな子ですからね……。

 次巻は来年になることでしょう。楽しみにして、年末を過ごしたいところです。

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