マンガ

宮崎駿の漫画版『風の谷のナウシカ』に感じる疑問。

 先日、新宿の漫画喫茶の一室に友人たちとこもって漫画を読みあさって来たのですが、その際、『風の谷のナウシカ』の話になりました。

 いうまでもなく戦後漫画の金字塔、天才監督宮崎駿による唯一の長編漫画作品であるわけですが、その最終巻に「精神の偉大さは苦悩の深さによって決まる」というひとことがあります。

 このセリフにてれびん(@terebinn)が言及して始まった話が面白かったので、きょうはその話。

 てれびんはどうもこのセリフに違和感を感じる、気に喰わないものがあると云うのですね。お前はこの大名作に何をケチを付けているんだという話であるわけですが、聞くと奴の話にも一理ある。

 つまりてれびんが云うには、人間にはそんなに苦悩しないタイプのひともいる。そういう呑気なタイプのキャラクターが出てこないと、作品世界が狭く感じるということのようでした(要約)。

 これはたしかにそうかもしれない。ぼくはシリアスに苦悩するタイプの作品が好きで、そういう作品をこそ高く評価しがちなのだけれど、その種の苦悩だけを偉大なものとして賛美し、特に苦しくない人生を一段下のものとしてみることは、たしかに問題がある気がする。

 当然、苦しみを通じて偉大な精神を育んでいくひとはいるだろうけれど、それは「そういうひともいるよね」というレベルの話であって、普遍の法則ではないんですね。

 「精神の偉大さは苦悩の深さによって決まる」ということは、つまりは苦しまなければ偉大になれないということを意味しているわけで、「そんなこともないんじゃないの?」という意見はあって当然だと思う。

 毎日をあかるく楽しく過ごしている偉人だっていないわけではないでしょう。

 もちろん、人生は楽しいことばかりではない。生きていれば必ず苦しいことにも出逢う。しかし、それは「だから苦しまなければならないのだ」ということとは違う。

 仮にどこかで落とし穴が待ち受けているとしても、それに落ちるまでにはのんびりと暮らしている人間だっているはずだ――てれびんの理屈をかってに解釈するなら、そういうことになるでしょうか。

 まあ、それはたしかにそうだよなあ、と思いますね。

 われらが風の谷のナウシカさんはとほうもなく真面目なひとで、真面目に考え、真面目に悩み、真面目に苦しんで偉大なひととなっていくわけですが、それではそういう真面目な生き方だけが唯一の生存戦略なのかと云えば、決してそんなことはないわけです。

 世の中には徹底的に不真面目な人間もいて、日々をいいかげんに過ごしていたりするんですね。

 おそらく宮崎駿自身がとんでもなく真面目なひとで、だからこそナウシカみたいなキャラクターを生み出しているのだと思いますが、でもだから不真面目なひとが悪いのかと云えば、そんなことはない。

 不真面目なひとには不真面目なひとなりのバリューがあるわけです。麻雀漫画『天』で「真面目は悪徳」という意味のセリフがありましたが、真面目であるということはある種、思索と行動に束縛が存在するということです。

 ひたすら真面目な人生も悪くはありませんが、不真面目なひとからみれば、そういう生き方は窮屈とも思えるでしょう。

 まあ、過酷なる『ナウシカ』の世界ではそういう適当な生き方をしているひとは生きのびられず、絶滅してしまったのかもしれません。

 でも、考えてみれば案外そういういいかげんなひとのほうが生きのびたりするかもしれないとも思うんですよね。

 ちなみに宮崎監督の弟子筋にあたる庵野秀明監督もやはり真面目なひとで、だからこそ『エヴァ』はあそこまでシリアスに徹しているのだと思います。

 『エヴァ』の作中人物はみんな真面目ですからねー。端から端までみんな真面目で、ひたすら真面目に苦悩しつづける。宮崎さんと庵野さんが妙に仲がいいことはよくわかる気がします。同じ真面目タイプの人間なんだろうからね。

 ちなみに『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズでは真希波・マリ・イラストリアスを初め、あまり真面目にみえないキャラクターが何人か登場して、作品世界の生真面目さを緩和しているように思います。

 そこらへんが『エヴァ』と『ヱヴァ』のひとつの違いですね。

 真面目なひとはどこまでも真剣に思いつめます。それが精神の偉大さにつながっていくのならまだ良いのですが、じっさいにはどこにも行き着かないことも多いはず。

 そうなると悲劇です。まあ、碇シンジくんはその典型的なサンプルですね。

 ぼくもどちらかと云えばあきらかに真面目型の人間ですし、真面目が悪いというつもりはさらさらありませんが、真面目の限界は知っておいたほうがいいと思う。

 というわけで、「精神の偉大さは苦悩の深さによって決まる」という言葉は、「そういうこともある」くらいにしておくといいかなあ、と思うのでした。

 世の中、いろいろな人間がいるからねえ。いちどでもてれびんと逢ったひとは皆、そのいいかげんさに絶句すると云います。いやまったく、奴は異星人だ。

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