小説

『池袋ウエストゲートパーク 反自殺クラブ』感想。

真に重大な哲学的問題はひとつしかない―それは自殺である。人生に意味があるか否かという決断こそが哲学の根本問題に対する回答となる。その他のことはすべて二次的な問題に過ぎない。

カミュ

 凄腕の写真家さながらに鋭い目で刻々と移り変わる東京の「今」を切り取った石田衣良の代表作『池袋ウエストゲートパーク』、第5弾である。

 今回、池袋最高のトラブルシューター兼果物屋の店番兼ファッション誌コラムニストのマコトの依頼人となるのは、天才性風俗スカウトマンに、往年の大スター、大工場に単身立ち向かう女性、そして反自殺クラブの面々。

 反自殺クラブ。メンバーわずか3名からなるこの集団の目的は、経済大国ランキングの順位がが下がるほどに自殺大国ランキングが上がっていくように見えるこの国で、少しでも自殺を防ぐこと。

 具体的には、インターネットで「心中」を企てる連中の行動を強制的に阻止する。ときには暴力を用いることもあり、その行動は法にふれるもしばしばだ。

 いかにも焼け石に水の試みだし、ネット心中など年間数万におよぶ自殺者の1パーセントにも満たないのだが、べつだんかれらは正義のために戦っているわけではない。

 かつて親を自殺により喪った「自殺遺児」であるかれらは、強引に自殺事件を防ぎつづけることでしかその傷を癒すことができないのだ。自殺するものも、それを止めるものも、ともに病んでいるのである。

 必死で都会の闇に立ち向かっている人間を放っておけないマコトは、かれらの依頼を受けてともに行動することになるのだが、奮闘する反自殺クラブにまえにひとりの難敵が立ちふさがる。

 催眠術のような言葉で人々を自殺に導くその男の名は「スパイダー」。かれの語りは自殺志願者たちの心から最後の躊躇いまで取り去ってしまう。

 「自殺」というショッキングなテーマを軸に正反対の位置に立つ反自殺クラブとスパイダーは鏡像のような存在だ。あたかもブラック・ジャックとドクター・キリコのように、「生」と「死」の陣営にわかれた両者の争いはスリリングに続く。

 もちろんそのバランスを崩すのはマコトしかいない。かれはその行動力で次第にスパイダーを追い詰めていくのだが――。

 はたして正しいのは苦しみにたえて生き延びることなのか、それともこの世のすべてに見切りをつけて久遠のかなたへ旅立つことなのか、だれもその答えをしらない。

 繊細な問題に取り組むにあたって、なんらかの答えをおしつけることをせず、ただ詳細に物語を語るにとどめているあたりが、いかにも石田衣良らしく、また『池袋ウエストゲートパーク』らしい。

 池袋にうごめく魑魅魍魎のような群像や、次つぎと湧き出てくるさまざまな問題に対して、どこまでもニュートラルでありつづけることこそマコトの魅力。

 第一作から随分と時間が経ち、作中にクリップされた社会風俗もそうとうに様変わりしているのだが、マコトは決して歳をとらない。今日もおとなのユーモアと少年の好奇心で変わりゆく町をみつめている。

 トラブルシューターのうわさをきいて依頼にきた男女の事件をマコトが解決するというプロットはマンネリの極みではあるのだが、猥雑な都市の風景を細部の積み重ねから組み立てていくあざやかさはだれにも真似できない職人芸。

 かれの手にかかると薄汚れた街並みが突然黄金の輝きを放ちはじめる。緑ゆたかな山河より薄汚れた都会を愛するあなたにお勧めの一冊。

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